南品川、砂洲先端、利田神社周辺の路地。
南品川の路地です。
以前歩いた品川、旧東海道周辺の路地からみて東側、海側の地域です。
現在の八ツ山通りは江戸時代は目黒川が流れていました。
当時の地図は下の如くです。
砂洲の先端にある利田神社から南下します。海側は品川砲台です。
利田神社には鯨塚があります。
寛永10年(1798年)に暴風雨で迷い込んだ鯨の供養碑です。
ここから砂洲の南品川猟師町の通りを南に下ります。
通りの左右に幾つもの路地があります。
右手は目黒川、左手は東京湾に通じる路地であったようです。
少し南に進むと寄木神社があります。
創建年代は不明のようですが日本武尊が御東征の折、荒波を鎮める為に入水した弟橘姫の船の残木を拾い祀ったといわれています。
神社周辺にも風情のある路地が通っています。
やがて品川橋、左手南側が目黒川となります。
目黒川の流れは江戸時代と現在では異なっています。
目黒川沿いに荏原神社です。
こちらも709年創建の由緒ある神社です。
潮の香のするのどかな漁師町の空気を感じることができました。
以前歩いた品川、旧東海道周辺の路地からみて東側、海側の地域です。
現在の八ツ山通りは江戸時代は目黒川が流れていました。
当時の地図は下の如くです。
砂洲の先端にある利田神社から南下します。海側は品川砲台です。
利田神社には鯨塚があります。
寛永10年(1798年)に暴風雨で迷い込んだ鯨の供養碑です。
ここから砂洲の南品川猟師町の通りを南に下ります。
通りの左右に幾つもの路地があります。
右手は目黒川、左手は東京湾に通じる路地であったようです。
少し南に進むと寄木神社があります。
創建年代は不明のようですが日本武尊が御東征の折、荒波を鎮める為に入水した弟橘姫の船の残木を拾い祀ったといわれています。
神社周辺にも風情のある路地が通っています。
やがて品川橋、左手南側が目黒川となります。
目黒川の流れは江戸時代と現在では異なっています。
目黒川沿いに荏原神社です。
こちらも709年創建の由緒ある神社です。
潮の香のするのどかな漁師町の空気を感じることができました。